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おちこむことは悪いこと?

  • 執筆者の写真: Himawari
    Himawari
  • 4月1日
  • 読了時間: 6分

更新日:4月1日





内容注意:自殺について書かれています。




「もう死にたい」



小学生の頃、父はよくソファで呟いていた。


口癖だった。今は元気な父親だが、当時は毎日のように言っていた。

それが当たり前過ぎて、あまり気にせずにいた。

それでも7歳のこどもの前で、そんなことを毎日呟きながらソファで寝ていたこと、今思うと普通ではない。


父は当時、携わっていた業界でも怖い人で有名だった。

家庭内でも、私が筋の通らない様なことや間違えたことをした時には、容赦なく厳しかった。武勇伝は数知れず。しかし、彼は同じくらい心が繊細でもあったし、困っている人がいたら放って置けないような優しい人でもあった。


だけどそんな姿は表では見せなかった。だから、父親のことをよく思わない人は沢山いたはずだ。そんな厳しくて、怖くて、貫禄がある人だと業界では有名だった父親が、家にいると「死にたい」と連呼している。ソファで鬱々と寝ている姿を、一体誰が想像するのだろう。


みんな外の姿と、内の姿は違う。

それはとても自然なことだ。


それでも最近、私の友人の一人は仕事を休んで、数日布団で寝ていたことに罪悪感で苦しくなっていた。「みんなが頑張れてるのに、自分だけがこんなことで頑張れないなんて」と言っている。


「疲れた時は仕事も休んでゆっくりして、また元気になったらでいいじゃん」と声をかけたかったけど、無責任なこと言えなかった。それでも自分だけがって思ってしまうくらい、君の心の元気はなくなってるんだよ、と思う。


落ち込むことや、元気が出ないことを周りに見せる事はそんなに悪いことなのかな。


頑張れなくなって、休むことはそんなに恥ずかしいことなのかな。


少しずつ、時代の空気は変わっているように感じるし、メンタルヘルスについて話すことは以前よりも自然なものになっていると思う。それでも、弱音を吐くことが恥ずかしいとされる社会の空気には相変わらず違和感を覚える。


欧米でのうつ病の有病率が20%〜30%であるのに対し、日本では10%と極めて低い調査結果がある一方、自殺率に関しては先進国の中でも日本は突出している。


有病率が低いにも関わらず精神疾患を理由とした自殺率が高い原因は、

軽度の不安障害や適応障害から重度のうつ病に至るまで、

「つらい」と感じた時に医療機関を受診するハードルが極めて高いことが理由にあるそう。


どうして体調に起こる病気はシリアスに捉えられるものなのに、メンタルヘルスになると「メンヘラ」という言葉などで揶揄されてしまうのだろう。


幼少期から今まで、友人や父の落ち込む姿、祖母の更年期に伴った長期間にわたる薬物療法、そして旧友の自殺を通して、ここまでメンタルヘルスを隠し続けなきゃいけない理由がなんなのか、そうさせた原因はなんなのか、もはや分からなくなっている。


そんなことを考えていると、海外にいた当時、2週間に1回セラピーやコーチングを受けてる人が沢山いたことを思い出した。

私が以前滞在していた欧米では、日本よりもメンタルヘルスへの偏見がなく、自分のメンタルケアの方法を理解している様子。

欧米にはカウンセリング文化があり、なにかメンタルに不調があればカウンセリングを受けてみる、と美容室で髪を切るのと同じような感覚で受診する人が多くいるそう。


一方日本では、メンタルに不調を感じて心理カウンセリングを利用した経験のある人は、わずか6%との調査結果があり、欧米の52%と比べるとカウンセリングを気軽に受けられない、という認識を持つ人はまだまだ多い。


当時、私のことをよく可愛がってくれた、とってもお洒落でかっこいい女性がいた。

その方も「午前中はセラピーを予約してるから午後から遊ぼう」なんて話をしていて、そのナチュラルな感じが凄くいいなぁと思った。

私は海外の女の子のYouTubeを観るのが好きだ。そこでも自然にそういった発言や、姿がナチュラルに日々に出ている様子はよく拝見する。そしてカバーも、雰囲気もとてもイケてて格好いいのだ。


そんな風に感化され、私自身もメンタルの不調を抱えていなくとも、俯瞰的に自分を観たり心の整理をするため、不定期でセラピーを受けたりする。個人的には終わった後、心の中が整理されてすごくスッキリする。


それでもメンタルヘルスの話は誰にでも話せるものではない。自分の心の中をじっくり、時間をかけて話せる場所があると言うことは、セラピーを始めて1番よかったこと。


数年前、私にも様々なことが続いた時期がある。ある日、友人が自分で命を奪ってしまったことを知った。張り詰めていた糸がプツッと切れた。今まで普通にしていたことができなくなった。初めての経験だった。胸のカップは3サイズも落ちて、生理も止まった。涙が止まらない日々が続いて、見かねた母親が病院を探してくれた。人生で初めて心療内科に行った。


いつだってさっぱりした明るい自分で居たかったのに、心のコントロールもできなくなった自分が、恥ずかしくて落ちこぼれたように感じた。「こんなところに行くなんて絶対に誰にも知られたくない」と思っていた。


だから、本当に辛い時、言い出せないことはある。見せたくない姿もある。生きているとみんな、様々な時期がある。上手くいく時期、楽しい時期、頑張れる時期。そうでない時期も同じようにある。だからわざわざ言いたくないことは言わなくていいし、やりたくないことはやらなくていい、とする時期も必要だ。


ただ、「メンヘラ」ということばが、偏見や悪口ではなく、ただある自然なものやことば、としての認識に捉えられたらいいなとおもう。それだけでメンタルヘルスに苦しむ人から見た社会に対する空気感は自然と柔らかいものに変わるのではないか?と考えるが、それが分かるのはまだまだ先の話だろう。


だけど、最近は様々なツールも増えた。メンタルが不調な時、ライフスタイルや、メンタルケアについてのポッドキャストを聴いたり、紡のようなコミュニティに参加してみる、ジャーナリングをする。親しい友人や、家族のような身近なプラットフォームでお互い様精神の空間づくりをすることも大切だけど、セラピーもある。


読んでいる方が様々な種類から自分に合ったメンタルケアを視野に入れてもらえればなと思い、今回自分の体験したことを記事にしてみました。


気負いせずに、落ち込む時期も責めないで。

私はそれも含めて、健康で、自然な生き方であると思います🍚


罪悪感で苦しくなっていた友人に何も言えなかったから

気持ちを込めてみた。読むかはわからない



今月も、自分のペースでいいんだよ


❤️


読んでくれてありがとう




Writer @hmwr3112

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